市瀬 雅之(梅花女子大学教授)
壬申の乱に勝利した天武天皇は、歴史書として『古事記』と『日本書紀』を、歌集として『万葉集』を編みはじめます。これらを編纂する理由はどこにあったのでしょうか。『万葉集』の中に天武天皇が「み吉野の 耳我の嶺に 時なくそ 雪は降りける 間なくそ 雨は降りける その雪の 時なきがごと その雨の 間なきがごとく 隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を」と詠み残した思いを、『古事記』や『日本書紀』に尋ねてみたいと思います。
「み吉野の 耳我の嶺に 時なくそ 雪は降りける 間なくそ 雨は降りける その雪の 時なきがごと その雨の 間なきがごとく 隈もおちず 思ひつつぞ来し その山道を」