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つれづれなるままに日暮らし

MRJの失敗は必然だった? 元航空機エンジニアの私が感じた「うぬぼれ技術者」発言への違和感、部下への責任転嫁に民間産業の未来なし

merkmal-biz.jp 

三菱航空機の社長として一時期のMSJ開発を率いた川井昭陽(てるあき)氏が、テレビ愛知のインタビューに対し、日本人技術者の
「うぬぼれ」が失敗の理由だと発言し、一部のひんしゅくを買っている。
川井氏は経験豊富な外国人技術者を招聘(しょうへい)したが、日本人技術者は傲慢(ごうまん)で彼らのいうことを聞かなかったというのだ。
川井氏は、かつて三菱が開発したビジネスジェット機MU-300の飛行試験に関わった経歴を持ち、連邦航空局(FAA)による型式証明審査の一端を経験している。FAAでは、型式証明に関わる膨大な審査作業をスムーズに進めるため、資格を認めた民間技術者に業務の一部を委託する仕組みがある。そうした技術者に接してきた川井氏は、彼らのような人材を招き入れることが、MSJの開発に役立つと考えたのだろう。
これについては、開発の初期からチーフエンジニアを務めていた岸信夫氏も「良い考えだった」と述べており、5回目の納期遅延が発表された2017年以降も、外国人技術者の増員は続いた。この時期、開発に携わる約2000人のうち、実に600人を外国人技術者が占めたと報じられている。
MSJは日本の国産機であるにも関わらず、「FAAの型式証明しか意識されていない」ことが、このプロジェクトの本質的な異常性を示している。
米国へ輸出するMSJにFAAの型式証明が必要なのは当然だが、それ以前に必要なのは設計製造国である日本の型式証明だ。航空機の型式証明審査に関して、国際民間航空条約(シカゴ条約)では「設計国が世界に対し第一義的な責任を有する」としている。
米国の政府機関であるFAAには日本企業が日本で行う事業を審査する権限はなく、MSJの設計や製造を審査して承認する責任を負うのは日本の航空局(JCAB)だ。それにも関わらず、関係者を含む多くの人たちがFAAの型式証明だけに目を向けていたのは、過去の経験に引きずられた思い込みのためである。
日本では民間航空機の開発機会が少ないため、JCABに新型旅客機の型式証明審査が行えるような常設部門はない。しかし、過去には・YS-11,・MU-300といった開発でFAAの型式証明を取得して輸出につなげた実績があり、MSJの型式証明も同じスキーム、すなわちJCABとFAAの証明を同時に取得する方針で計画された。
だが、この方針を採用したとしても、設計段階での審査や製造工程の審査を行うのはJCABでなければならない。輸入国であるFAAは、米国国内でMSJを飛ばすことを認めるかどうかを判断する立場なので、米国に持ち込まれた試作機の審査が基本になる。
川井氏がMU-300の開発で担当していたのは、試作機の飛行試験などFAA審査への対応であって、国内での設計段階の審査ではない。そのため、川井氏も試作機に対するFAAの審査が型式証明の本丸だと考えたのだろう。
川井氏だけでなく、日本のメディアがYS-11などの開発を語る消費者向けの物語でも、FAAによる審査がドラマチックに描かれることが多い。
「JCABによる設計や製造の承認」という本来のプロセスが、日本人の意識から消えているのである。
現代の旅客機開発という巨大プロジェクトでは、試作まで終えているFAA審査の段階で大きな設計修正は致命傷だ。40年も前に小型航空機で経験したのと同じスキームを、そのままMSJで押し通すのは明らかに無理がある。MSJ開発の最終盤で起こった悲劇は、「誰もが予想できた事態」である。
MSJは2015年に初飛行しているが、それから5年がたっても型式証明が取得できないまま、凍結が発表された。しかし、より大型のボーイング777や787の場合、初飛行から1~2年でFAAや欧州航空安全機関(EASA)の型式証明を取得している。
ボーイング機は設計段階でFAAの審査を受けているから、設計の安全性は試作機が完成した時点で基本的に承認されており、飛行試験はそれを確認するプロセスにすぎないからである。
JCAB航空機技術審査センターの清水哲所長によると、三菱航空機は日米両国で並行して審査を受け、設計を進める考えだったという。
しかし先にも書いたとおり、日本も米国も互いに主権を持つ独立国家である。日米両国による並行審査を構想するなら、両政府がしかるべき取り決めを交わし、設計段階から共同の審査機関を設けるような体制が必要だ。
しかし、そんな虫の良い話を米国政府が受け入れる理由はない。MSJの開発は非現実的な構想を前提に始められ、FAAの承認が得られるかどうかわからない設計に基づいて、試作や飛行試験の段階に進んでいったのである。
川井氏らは、外国人技術者ならFAAの審査に耐える設計ができると思ったのかもしれないが、それは見当違いの思い込みだ。設計は技術者が審査当局と調整しながら進めるものであり、最初からFAAが納得する設計案だけを用意することなど、いくら経験が豊富な設計者でも不可能だ。航空機の開発は設計者だけが行うのではなく、審査に当たる政府当局との共同作業なのである。
いくらボーイングのOBであっても、設計作業の能力そのものは日本人と違いはなく、日本人技術者が彼らのいいなりにならなかったのも無理はない。そもそも三菱の設計者はボーイング777や787の共同開発設計にも参加しており、設計能力がボーイングの技術者に劣っているわけではない。
強いていえば、米国人技術者はFAAへの提出資料などについて日本人より詳しいだろうから、彼らのおかげで審査を受ける準備がはかどったというのは本当だろう。
航空機の型式証明は「設計国が世界に対し第一義的な責任を有する」ものである。日本で設計される航空機の安全性を、日本の政府当局であるJCABが保証し、それを世界に認めさせることができなければ、国産機など製造できない。
JCAB審査センターの清水所長は、インタビューに対して強度試験の例を挙げ、「最大値の1.5倍の荷重に3秒以上耐えられることを証明しなければならないという基準はあるが、証明の方法は示されていない」と語っている。しかし、方法が適切かどうかを判断するのがJCABの仕事だ。その責任を負う立場にある者が「証明の方法は示されていない」と語ること自体、まったく論外というしかない。
川井元社長も清水所長も、無理な仕事を押し付けられた立場だったといえるし、そのことには多少の同情も感じる。しかしJCABが自らの責任を放棄し、元社長が「部下に責任を転嫁する」ようでは、日本の民間航空機産業に未来などあるわけがない。
MSJプロジェクトを事業化した経済産業省は、開発の失敗を検証する有識者会議を開催しているが、やはりここでも「検討安全認証プロセスの理解・経験が不足していた」と、最初から指摘されていたことを、ひとごとのように繰り返しているだけだ。しかも、計画の立ち上げに関わった張本人である御用学者や役人たちが、やはり自分たちの責任を丸投げし、今も涼しい顔で会議を主導している。
このような無責任国家にとってMSJの失敗は必然だったのであり、その無責任が今後も繰り返されようとしているのだ。

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