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つれづれなるままに日暮らし

高野街道 「巨椋池を渡って美豆辺に上陸」、「八幡宮に参拝して後」、「高野街道を経て」

高野街道 (*) ◆会報第84号より-04

巨椋池を渡って美豆辺に上陸」、「八幡宮に参拝して後」、「高野街道を経て

東高野街道
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東高野街道を歩く(その3) 八幡市石清水八幡宮から交野市・郡津まで歩く

東高野街道を歩く(2) 郡津から村野を経て東高野街道

東高野街道を歩く(その1)郡津から村野へ周辺を訪ねる

東高野街道を歩く(3) 私部・逢合橋から上ノ山を経て星田駅へ

東高野街道を歩く(その4) 星田駅〜大谷〜打上〜東寝屋川まで歩く

平安初期の真言密教の開祖空海が京と高野山に本拠を置いて以来、民間の大師信仰、高野聖の活動と相俟って、多くの信仰者の往来を見るに至った。

京都の東寺は、弘仁14年(823)に空海に下賜されて、真言宗の根本道場となった。

この東寺と高野山(816年建立)を直結するのが、東高野街道である。

東高野街道は鳥羽から分れて、淀・八幡・洞が峠の順序で河内に入ると、

交野市の郡津・星田を通って、

四条畷・柏原・富田林と南へ進み、

河内長野西高野街道と合して高野山に達する。