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新宿区牛込柳町鉛害事 (うしごめやなぎちょう なまりちゅうどくじけん) 1970年(昭和45年)5月

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背景:
昭和40年代の高度経済成長の時代は、自動車が広く普及していった時代でもあった。高出力のエンジンを支えた技術の一つにアンチノック剤がありその主役は四エチル鉛などのアルキル鉛であった。当時の自動車用ガソリンにはアルキル鉛が添加されているのが普通であった。その結果、当然のように都市大気中の鉛濃度が上昇するという現象をまねいた。また、光化学スモッグによる被害も報告され始めた時期でもあり、住民の大気汚染に対する関心と健康被害への不安が急速に高まっていた。

概要:
1970年(昭和45年)5月、東京都新宿区牛込柳町において民間団体の実施した集団検診により、多数の者が鉛中毒と診断されるという結果が報道され大きな問題になった。東京都衛生局は当初牛込柳町付近の住民、その後都内各地において鉛害検診を希望者について実施した。受検査者は1970年5月より1971年2月までに延べ2,000名以上に達したが、各種の鉛中毒臨床検査、血中・尿中鉛分析にもかかわらず1名の鉛中毒患者も発見されなかった。都衛生局はその後も引き続いて鉛汚染による健康影響の監視を1980年まで行った。この間の調査の結果、1970年代の東京都民の血中・尿中鉛濃度の正常値、年齢の影響、性差、地域差、年次推移を把握することができた。

原因究明:
幸いにも鉛中毒と診断された被験者は1名もいなかったが、これは各種の鉛中毒臨床検査結果に基づくものである。血中・尿中鉛の分析は精度管理手法を導入した原子吸光分析法により行った。鉛中毒には至らないレベルではあったが、血中・尿中鉛濃度とも大気汚染程度の激しい地域の住民ほど高く、人体が大気中鉛に汚染されていることを強く示唆する結果であった。本事件を契機として自動車用ガソリンへのアルキル鉛添加の規制が順次行われることとなり、1975年にはレギュラーガソリンが無鉛化されるに至った。プレミアムガソリンについても実質的に無鉛となった。11年間の観察の結果、大気中鉛濃度、血中・尿中鉛濃度ともに劇的に減少傾向を示したことからも自動車用ガソリンへ添加されたアルキル鉛が主要な汚染源の一つであったことほぼ疑いないと考えられた。

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