altgolddesu’s blog

つれづれなるままに日暮らし

けもの道「密着700日 ワナ猟師 千松信也」

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2年前の撮影初日、その日は台風一過の晴天でした。大型台風が関西地方を直撃し、主人公の千松信也さんが猟場としている山も、当然めちゃくちゃ。至る所で土砂崩れが起こり、巨木が根こそぎ倒れ、目も当てられない状況でした。当然、狙う獲物の行動範囲も動くルートも変わってしまい、罠をかけるどころではありません。さぞかし千松さんも落胆しているだろうと思ったのですが、山を歩く千松さんの表情は暗くなるどころか、逆にどんどん楽しげになっていくのです。「薪の木を切る手間が省けた」「ナラの木はシイタケの原木にしよう」と、嬉しそうに話します。戸惑う私たち撮影クルーに千松さんは「台風は僕にとっては被害じゃなくて恵みなんです」と教えてくれました。大木が倒れたあと、ぽっかりあいた青空を見上げて、空が広くなったと笑った千松さんの姿が、今でも忘れられません。その時、都会生活に慣れきって、台風=被害、シカ・イノシシ=獣害、狩猟=残酷・・・という固定観念に縛られていた自分の視野の狭さに気づかされました。千松さんと山を歩くと、価値観が次々と覆されます。そして人間本来の感覚みたいなものが呼び覚まされていくような気がするのです。そんな体験を少しでもみなさんと共有できればと思い、この番組を制作しました。

命を奪う現場から目を背けない、その一言に尽きます。罠にかかった動物の眉間を殴って失神させ、心臓をナイフで突く。失神状態にあるものの、動物は悲鳴を上げます。呼吸に合わせて心臓から鮮血が噴き出します。凄惨な現場です。でも、肉を食べるということの裏にあるのは、こういう事なのです。
システム化された現代社会では、残酷だからという理由で、私を含めて多くの人が見ないようにしてきた光景なのではないでしょうか。
こうして偉そうに書いている私ですが、いまだにトドメを刺されたシカの鳴き声と血のにおいが脳裏から離れません。それでも、多くの命のうえに自分の生活が成り立っていることを受け止めることができました。
命の現場を直視することで、感じることがきっとあるはずです。そんな思いがあり、今回はあえて猟の生々しいシーンを公開させていただきました。

「便利すぎるのってシンドイでしょ?」
雑談する中で、主人公・千松さんから言われた言葉です。
和歌山の片田舎で育った私は、時代遅れて不便な土地が大嫌いで、高校卒業後、東京に飛び出しました。以来 “効率”を追い求め、部屋を借りるときは、最寄り駅まで徒歩2分以内、半径100m以内にコンビニがある所が条件というライフスタイルでした。しかし、千松さんの取材を通して、その考えは徐々に変わっていきました。肉はスーパーマーケットに行けばラクに手に入るのに、千松さんは、わざわざ危険を冒してまでイノシシと1対1で激闘します。空振りの日が多いのに毎日毎日、飽きもせずに山を歩きます。ドラッグストアに行けば安価でハンドクリームが手に入る時代に、イノシシの内臓脂とミツロウから、何日もかけて軟膏を手作りします。そんな非効率の連続のような千松家にお邪魔した撮影期間は、私にとって、豊かさとは何かを考える時間にもなりました。
今、転勤を機に私は自転車通勤を始めています。効率化を追い求めていたこれまでの生活から、少し離れることにしました。京都の市街地ではありますが、自転車で走ると今まで感じなかった太陽の光や気温や湿度、季節の変化が肌で感じられます。
そんな近況報告をした時、千松さんが笑いながら言ったのが「便利すぎるのってシンドイでしょ?」でした。

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vol.564  2019年7月12日号

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◎けもの道「密着700日 ワナ猟師 千松信也」

 京都、街と山の境界線で生きるワナ猟師に密着。「自分で食べる肉は自分で賄う」と、鹿やイノシシの痕跡を追って森を歩く生活。その暮らしは、私たちに本当の豊かさとは何かを問いかける。

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